ぼくらは実験を繰り返すことに喜びを感じる

このBurning!放送局、毎週月曜日に配信されていて、毎週欠かさず聞いている。ぼくはJさんの言ういわゆるアップルパイであるのだろう。

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以前もJさんとカンリさんの放送をブログにしてしまっている。そして、今回も「なるほど!」となったので、書いてしまおうと思う。ほぼ書き起こしに近い。

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夢とはなんだ

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ジョージ・バーナード・ジョーが残した言葉がある。それは「人生における真の喜びとは、自らが偉大だと認める仕事のために、自分自身を使うこと」だ。

 

人間には客観的に生きる意味なんてない。あるとすればそれはただただ主観的なものである。だから、客観的に「すごい!」と言われるために掲げる夢なんて捨てた方がいい。

 

夢とは「自らが偉大だと認める仕事のために、自分自身を使うこと」だ。だからまず、人の目を振り切ることによって、主観的な夢を持つ第一歩につながっていく。

 

自分が偉大だと認める仕事ってなんなの?

夢とは「自らが偉大だと認める仕事のために、自分自身を使うこと」だ。では「自分が偉大だと認めること」とはどういう意味なのか。


それは「解放」することだ。自分自身の力を解放することだ。自分というものの力が100%発揮されていることこそが「解放」なのだ。偉大な仕事とは、自分自身の力を100%発揮した状態(解放した状態)になれるものだ。

 

仮に、自分の力を100%発揮できるのが「野球だ!」と自分自身が認めているのであれば、それは偉大な仕事となり得る。でも、ぼくの場合は野球ではない。具体的にはみんな違う。それぞれの偉大な仕事がある。ただ、抽象的に見てみると、行き着く先、本質的な部分は同じなのだ。

 

自分自身を100%を解放している状態って?

自分自身の力を100%発揮したとしても、それが自分自身を解放していることにはならないケースがある。ぼくが100%の力で野球をしていたとしても、それは自分自身を100%解放しているかというと、そういうことではない。では自分自身を解放しているケースとは、どんなときだろうか。

 

それは、自分独自の力を解放しているときだ。自分にしかできないもの、自分だけが持つ唯一無二の力を100%解放している状態が偉大だと言えるのだ。


その唯一無二の力を発揮できているかどうかは、論理的にはわからないもので、直観的にピンとくるものだ。己に聞かないとわからないものなのだ。ただ、きっと「これは違うな」というのは直観的にわかるはず。

 

この直観を確かめるためには、実験を繰り返すしかない。繰り返して繰り返していくことで、自分にしかできないことの確信感が強まっていく。実験をしてみて、「やっぱこれだな」となるときもあれば、「少しだけ方向性が違うから、ちょっとだけ軌道修正してみよう」となるときもあるはず。このように、yesとnoを繰り返して、確信感は鋭利になっていく。

 

1人孤独に唯一無二の力を解放すればいいのか

1人孤独に唯一無二の力を解放していたとしても、例えば、一人で永遠と絵を描き続けたとして、それが真の喜びと言えるのか。

 

1人孤独にではなく、他人に対して影響を与えるという状態を備えてこそ、自分はその仕事を偉大だと認められるのではないか。自分独自の力を発揮して、他人を奮い立たせることこそが、解放することの意義なのではないか。

 

ぼくらは実験を繰り返すことに喜びを感じる

まとめると、夢とは、「自らが偉大だと認める仕事のために、自分自身を使うこと」であり、自らが偉大だと認める仕事とは、「自分自身の力を100%発揮した状態(解放した状態)になれるもの」であり、自分自身の力を100%発揮した状態とは、「自分だけが持つ唯一無二の力を解放している状態」であり、それが唯一無二かを確かめるには、「実験を繰り返し、直観的にyesかnoかを判断する」しか方法はない。

 

自分の独自の能力を発揮しているのを見ると、人は奮い立たされる。それこそが偉大な仕事であるのだ。それがJさんのいう「Burning」であるとのこと。そういうふうに生きることが燃えるように生きるということなのだ。自分の独自の能力を発揮すること、これは「何のために命を使うか」という問いの答えに似ているような気がする。

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自分独自の能力とはいったい何だろうか。自分自身が力を100%発揮した状態になれるものは何だろうか。

 

一つ思い当たることがある。クラウドファンディングの最終日のあの瞬間、ぼくは自身の力を100%発揮していた確信がある。エネルギーが湧き出て、溢れて、だだ漏れだった。そのときぼくは、自分独自の能力を発揮していたのだろう。たぶん大事なやつらと同じゴールを見てエネルギーを発揮しているとき、ぼくの力は最大化される。

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今の時点で答えは出ない。「自分は今、唯一無二の独自の力を解放しているか」と問い続け、直観的に判断していこうと思う。