でも、仕事ってけっこうダルいよ?

「仕事ダルいな」ってなったとき、いつもこの記事のことを思い出す。

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社会人になって1ヵ月が経過した。正直、「社会人になるのって、大人になるのってこんなに楽しいんだぜ!」みたいなことを言いたかった。

でも現実は少し違っていた。

 

仕事楽しいか楽しくないかで言うと、楽しくない。それは仕事が上手くできていないからなんだと思う。じゃあ、仕事できるようになってくるとどう変わっていくのだろうか。

 

多分、「どっちかというと楽しい」になるんだと思う。「仕事最高!月曜楽しみ!」にはきっとならないんだろうと思う。

 

ぼくの友人はこのようなことを言っている。「たった2日の休日のために、5日間をドブに捨てるような生活はバカげてる!」と。

  

ダルいのは仕方がない。ダルいと思う方が健全なのかもしれない。仕事はダルくて当然。一旦、仕事はダルいものであると仮定しよう。ダルいものだと仮定したときに、それでも会社に居続ける意味は何か。

 

それは「お金」と「スキルアップ」なんだと思う。固定的な、安定的な一定の収入。そして、スキルアップ。ダルいのは大前提だとして、ダルいと感じるからこそ得られるもの。それがスキルだと思う。

 

普段なら「ダルい」と感じてしまうと、ダルいことから逃げ、できることだけをやってしまう。強みを伸ばすという観点であれば、それもそれでありだと心底思う。というか完全にぼくは強みを伸ばす派。

 

一方、会社の強制力を使って、ダルいことをやる。やらされることで、能力の幅は広がる。やらされることでイヤでも能力は身につく。 これが良いのか悪いのかはわからない。

 

叱ってくれる人も今の若いうちにしかいない。独立したら尻を叩いてくれる人がいなくなる。指導してくれる人がいなくなる。言ってもらえるうちにたくさん言ってもらう。それでたくさん吸収する。盗む。

 

それが向いてない人もいると思う。指図されると我慢できない、思い通りにやりたい。そうなると我慢をすることになってしまう。未来のために今を我慢することになってしまう。

 

「我慢なんてもん止めちまえ」といつもは思っている。「我慢していいパフォーマンスなんてでるはずがねぇ。さっさと止めちまえ」と。

 

仮に、未来のために今を我慢しようと思っても、今沈んだ気持ちでいると未来が見えなくなる。周りも見えなくなる。未来にとっては恵まれた環境にいたとしても、今この場から逃げたくなる。

 

「ダルい」と言っている大人はダサいと思っていた。でも現にぼくがそうなっている。ダルいのを受け入れ、未来に向かってどう行動していくか。 

 

未来のために今を我慢するのか。今を生きるために未来を諦めるのか。未来も今もどっちも我慢せずに生きるのか。仕事に意味づけをして今を良いものに変えるか。仕事から逃げ出し、他の方法で目指したい未来に向かうのか。

 

正解はない。選ぶしかない。どうしようもなくダルくなったら、そうなったら逃げよう。死にはしない。いつになるのやら。