むーびんぐ

”健康”と”運動”の科学を学びつづけるブログ

6つの幸せの基準を挙げてみる

幸せってけっこう画一的なものだったりするのかなぁと思うことがある。その画一的な中から、細かく枝分かれしてそれぞれの幸せの基準になっていくんじゃないかなぁということをぼんやりと考えている。ここで、幸せに関連する要素を6つほど挙げてみる。 

 

衣食住

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もうすぐご飯を食べられるときは、気分が上がるし、反対にお腹が空いてるときは不機嫌になる。さらに寝不足の場合は、もっと不機嫌になる。

 

不安な気持ちになるときというのは、お腹が空いてるときとか、寝不足のときに多いような気がするのだ。だから、不安な気持ちになったら、とりあえず飯食うか、寝てみたらいいと思っている。

 

お金

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ぼくには、ほんのちょっとだけお金をいっぱい持っていた時期があった。そのとき思ったことは、「お金で自分の不幸せをなくすことはできるけど、それだけでは幸せになることはできない」ということだ。

 

稼いでいる人はけっこう似たようなことを言っているけど、実際に稼いでみるまで実感が湧かないことなんじゃないかなと思う。最初はお金がモチベーションでいいと思うけど、稼げるようになってきたら、他のモチベーションがあってもいい。

 

ただ、基本的にお金がなければ、他人を守れない。奥さんも子供も。「すべてのことにはお金が必要だ」ということから目を背けてはいけないのだと思う。

 

自分の人生をコントロールできているという感覚

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自分の人生を自分でコントロールできているかどうか。誰かに決められるんじゃなくて、自分が選んでいるという感覚があるか。だから、何かを決断するときは、誰かのことを考えるのではなく、自分のことだけ考えて、自分の心が動く方に舵を切ろう決めている。

 

人のことを気にしたり、意地を張って、気持ちじゃなくて頭で判断していい結果じゃなかったとき、他責にしてしまいかねない。自分で選んだなら、間違った方向に進んでしまったとしても、後悔が少なかったりするもんだ。自分の人生だ。ぼくは自分で舵を切ろうと思う。

 

未来を信じられるか

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自分の未来を信じることができないことほど不幸なことは無いと思う。ぼくの場合は、未来にたのしみなことがあるから、今をがんばれたり、イキイキと過ごせたりするのでなおさらだ。

 

だから、「未来を信じさせてやれる人」ってめちゃくちゃカッコいいと思う。それはきっと言葉とかだけじゃなくて、行動と結果で示して初めて信じさせてやれるものなんだと思う。背中で示そう。

 

ビジョン型と価値観型

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ビジョン型は、目標に対して近づいてる感に幸せを感じる。一方、価値観型は、自分の価値観が満たされている状態に幸せを感じる。"価値観"といったら「何をやるかより誰とやるか」といったような、うーんと、まぁそういう判断軸のような類のものだ。

 

個人的に、ビジョン型は時間軸を見ていて、価値観型は空間軸を見ているような気がする。

 

ぼく自身、ずっと価値観型だと思っていたが、最近、どうやらビジョン型くさいぞと思い始めた。というのも、将来のたのしみなことに向かって歩んでいくことに(いや、もはや駆け出しているが)、それにめちゃくちゃたのしさを覚えるからだ。

 

「今、ここ」はやっぱり大事なんだけど、自分の場合、未来ありきの「今、ここ」という感覚があるので、そうすると時間軸を見ていることになる。価値観型の人は、未来とか関係なく、「今、ここ」の幸せを感じられるんだろうなぁと思う。

 

自分がどちらに該当するのか、もしくはどちら寄りなのかを考えてみると、幸せの基準が一つできるんじゃないかと思う。

 

他人を幸せにする

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人というのは、ある程度幸せになると、今度は他人を幸せにすることが効いてくるらしい。これは誰かにプレゼントを選んでいるとき「これ喜んでくれるかなぁワクワクドキドキ」みたいな感じと似ている。こういうのって、けっこう幸せな瞬間だと思う。

 

とはいえ、「他人を幸せにすることが自分の幸せに効いてくるための条件」として、”自分が幸せであること”が挙げられる。だから、幸せは余剰があるからこそ溢れ出るんだなぁと思う。

 

自分が満たされていると、他人の幸せも喜べる。でも、自分が満たされていなかったら、それは嫉妬に変わるかもしれない。

 

だから、まずは自分でいいんだと思う。自分を満たして満たしまくったら、そしたら今度は人を喜ばせてやったらいい。そして、自分の幸せを追求していたら、案外、周りの人も喜んでくれることが多いものだ。

 

「世間がつくった結婚の幸せ像」に捉われすぎず、自分なりの幸せ像を見つけていけたらなと思う、今日この頃である。